同じ会社に、違う評価がつく
同じ企業について、複数のアナリストが目標株価を出します。 公開情報は同じ、決算書も同じ、使う手法も同じ DCF。 それでも数字は揃いません。
前回は割引率だけを分解しました。 βの推定条件で 23%、市場リスクプレミアムで2倍動くところまで見ています。 今回は割引率以外—— キャッシュフローの作り方と、継続価値の置き方を扱います。
架空の会社です。時価総額7,000億円、有利子負債3,000億円、 直近の営業キャッシュフローから作った FCF が概ね 100億円規模。 実在企業の評価ではありません。
決算書から FCF を作る時点で、もう分かれる
DCF の出発点はフリーキャッシュフローです。 ところがその定義が一つに決まっていません。 どれも教科書に載っている作り方です。
| 定義 | 初年度 FCF | 企業価値 |
|---|---|---|
| 営業CF − 投資CF | 100 億 | 2,463 億 |
| 営業CF − 設備投資(投資CFから抜き出す) | 118 億 | 2,907 億 |
| NOPAT + 減価償却 − 設備投資 − 運転資本増減 | 92 億 | 2,266 億 |
| 営業利益×(1−t) + 減価償却 − 設備投資 | 108 億 | 2,660 億 |
2,266 〜 2,907億円。28% の開きです。 割引率は同じ、成長率も同じ。出発点の数字が違うだけで、これだけ動きます。
価値の8割は、予測期間の外にある
DCF は予測期間と継続価値に分かれます。 5年ぶんのキャッシュフローを個別に見積もり、 6年目以降をまとめて一つの値にする、という形です。
この2つの比率を見ると、意外なことが分かります。
| 予測期間 | 予測期間PV | 継続価値PV | 合計 | 継続価値の割合 |
|---|---|---|---|---|
| 3 年 | 286 億 | 2,095 億 | 2,381 億 | 88 % |
| 5 年 | 466 億 | 1,998 億 | 2,463 億 | 81 % |
| 10 年 | 879 億 | 1,773 億 | 2,652 億 | 67 % |
| 15 年 | 1,246 億 | 1,574 億 | 2,820 億 | 56 % |
予測期間を延ばせば割合は下がりますが、 10年先のキャッシュフローを個別に見積もる意味があるかは別の問題です。 精度が上がらないまま、作業量だけが増えることもあります。
継続価値で、大きく割れる
価値の8割を占める継続価値ですが、求め方が複数あります。
① 永久成長モデル
最終年のFCFが、一定の率で永久に成長すると仮定します。 前節の式がこれです。g をどう置くかで値が動きます。
| 永久成長率 g | 企業価値 | 基準比 |
|---|---|---|
| 0.0 % | 2,083 億 | −15.4 % |
| 0.5 % | 2,254 億 | −8.5 % |
| 1.0 % | 2,463 億 | 基準 |
| 1.5 % | 2,725 億 | +10.6 % |
| 2.0 % | 3,062 億 | +24.3 % |
| 2.5 % | 3,511 億 | +42.5 % |
0% から 2.5% で、1.7倍。 g の上限は「長期の経済成長率を超えない」とされますが、 その範囲内でも大きく動きます。
② 倍率法
最終年の EBITDA などに、類似企業の倍率を掛ける方法もあります。 同じ将来キャッシュフローから計算しても、値は揃いません。
| 方法 | 継続価値 |
|---|---|
| 永久成長モデル(g = 1.0%) | 2,609 億 |
| EBITDA 6 倍 | 1,159 億 |
| EBITDA 8 倍 | 1,546 億 |
| EBITDA 10 倍 | 1,932 億 |
| EBITDA 12 倍 | 2,319 億 |
積み上がると、4.3倍になる
ここまで見た要素を、2人の評価者に割り振ります。 どちらの前提も、単独では「ありえない」とは言えません。
| 前提 | 強気の評価者 | 慎重な評価者 |
|---|---|---|
| 初年度 FCF | 118 億 | 92 億 |
| 予測期間の成長率 | 6 % | 1 % |
| 永久成長率 g | 2.0 % | 0.5 % |
| β / 市場リスクP | 1.037 / 4.5% | 1.272 / 6.5% |
| → WACC | 4.22 % | 6.74 % |
| 企業価値 | 6,522 億 | 1,515 億 |
| 継続価値の割合 | 90 % | 74 % |
4.3倍。同じ会社、同じ決算書、同じ DCF です。
どの前提が、差を生んだのか
5,007億円の差を、4つの前提に割り振りたくなります。 ところがこれが素直にいきません。
順番で、答えが変わる
慎重な前提から強気の前提へ、一つずつ入れ替えていきます。
FCFの定義 + 428 億 予測成長率 + 470 億 永久成長率 + 617 億 割引率(WACC) + 3,491 億 ← 大半を占める
割引率(WACC) + 1,029 億 ← 3分の1以下になった 永久成長率 + 1,489 億 予測成長率 + 1,052 億 FCFの定義 + 1,437 億
同じ2つの評価を比べているのに、割引率の寄与が 3,491億にも 1,029億にもなります。 後から入れ替えた要素ほど、大きく見える。
要素どうしが掛け算で効いているからです。 割引率を下げると、成長率の効果も増幅されます。 その増幅分をどちらの手柄にするかが、順序で決まってしまいます。
すべての順序を平均する
4つの要素なら、入れ替えの順序は 24通り。 全部試して平均すれば、順序の影響が消えます。 協力ゲーム理論ではシャープレイ値と呼ばれる考え方です。
| 前提 | 寄与 | 割合 |
|---|---|---|
| 割引率(WACC) | +2,123 億 | 42 % |
| 永久成長率 g | +1,275 億 | 25 % |
| FCF の定義 | +841 億 | 17 % |
| 予測期間の成長率 | +768 億 | 15 % |
| 合計 | +5,007 億 | 100 % |
合計が実際の差と一致します。割引率が42%、永久成長率が25%—— この2つで3分の2を占めました。
2人の前提を、動かしてみる
4つの前提をそれぞれ設定できます。 企業価値の差と、その差をどの前提が生んだかが 同時に表示されます。
逆算という使い方
評価が割れるなら、DCF で「正しい価値」を出すのは難しい。 使い方を変えます。
理論価値を出して株価と比べるのではなく、 現在の株価が成立するには、どんな前提が必要かを逆算します。
// 強気の評価者の割引率 4.22%・FCF 118億 のまま 予測成長率 2% なら、永久成長率 3.2% が必要 予測成長率 4% なら、永久成長率 3.0% が必要 予測成長率 6% なら、永久成長率 3.0% が必要 予測成長率 8% なら、永久成長率 2.8% が必要
永久成長率 2.8〜3.2%。割引率 4.22% との差が 1ポイント少々しかありません。 継続価値の分母(WACC − g)がここまで縮むと、 わずかな前提の違いで値が大きく振れます。
しかもこれは強気の前提を使った場合です。 慎重な評価者の割引率 6.74% で同じ計算をすると、 必要な永久成長率はさらに高くなります。
もちろん、WACC の置き方次第でこの結論も変わります。 それでも「何を信じればこの株価になるか」を明示できる点に価値があります。
評価を比べるために
| やること | 理由 |
|---|---|
| 前提を並べて比べる | 結論(企業価値)ではなく、前提の差を議論する |
| 効く順に検証 | 割引率と永久成長率で3分の2。ここから確かめる |
| 逆算する | 現在の株価が織り込む前提を読み取る |
| レンジで出す | 単一の値ではなく、前提の幅に応じた範囲で示す |
| 継続価値の割合を確認 | 8割を占めるなら、そこが議論の中心になる |
まとめ
この記事のまとめ
- FCF の定義は一つに決まらない。同じ決算書から 28% の差。
- 5年予測でも、価値の 81% は6年目以降。予測期間の作り込みは効率が悪い。
- 継続価値の求め方(永久成長 / 倍率法)で2倍以上ずれる。
- 永久成長率 0%→2.5% で 1.7倍。上限内でも大きく動く。
- 常識的な前提を4つ重ねると、企業価値が4.3倍になった。
- 寄与度は順序で変わる。割引率の寄与が 3,491億にも 1,029億にもなる。
- 全24通りを平均すると、割引率42%・永久成長率25%。この2つで3分の2。
- 逆算すると、株価1兆円は永久成長率2.8%以上を織り込んでいた(強気の前提でも)。




