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企業価値評価

なぜ企業価値は、人によって違うのか
同じ数字から、違う結論

同じ決算書を見て、同じ手法で計算しても、評価は割れます。 FCF の定義で 28%、継続価値の求め方で2倍。 ひとつひとつは常識的な前提でも、積み上がると 4.3倍の差になりました。 どの前提が、どれだけ差を生んだのかを分解します。

DCF 継続価値 寄与度分解 逆算

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同じ会社に、違う評価がつく

同じ企業について、複数のアナリストが目標株価を出します。 公開情報は同じ、決算書も同じ、使う手法も同じ DCF。 それでも数字は揃いません

前回は割引率だけを分解しました。 βの推定条件で 23%、市場リスクプレミアムで2倍動くところまで見ています。 今回は割引率以外—— キャッシュフローの作り方と、継続価値の置き方を扱います。

今回の設定

架空の会社です。時価総額7,000億円、有利子負債3,000億円、 直近の営業キャッシュフローから作った FCF が概ね 100億円規模。 実在企業の評価ではありません

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決算書から FCF を作る時点で、もう分かれる

DCF の出発点はフリーキャッシュフローです。 ところがその定義が一つに決まっていません。 どれも教科書に載っている作り方です。

定義初年度 FCF企業価値
営業CF − 投資CF100 億2,463 億
営業CF − 設備投資(投資CFから抜き出す)118 億2,907 億
NOPAT + 減価償却 − 設備投資 − 運転資本増減92 億2,266 億
営業利益×(1−t) + 減価償却 − 設備投資108 億2,660 億

2,266 〜 2,907億円。28% の開きです。 割引率は同じ、成長率も同じ。出発点の数字が違うだけで、これだけ動きます。

どれが正しいか、ではありません。 投資CF には設備投資以外も含まれます(有価証券の売買など)。 それを企業活動の一部と見るか、切り離すか。 運転資本の増減を織り込むか。 会社の性質や、何を評価したいかで選択が変わります
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価値の8割は、予測期間の外にある

DCF は予測期間継続価値に分かれます。 5年ぶんのキャッシュフローを個別に見積もり、 6年目以降をまとめて一つの値にする、という形です。

企業価値 = 予測期間のPV + 継続価値のPV 継続価値 = 最終年のFCF × (1+g) ÷ (WACC − g) を、現在価値に割り引いたもの

この2つの比率を見ると、意外なことが分かります。

予測期間予測期間PV継続価値PV合計継続価値の割合
3 年286 億2,095 億2,381 億88 %
5 年466 億1,998 億2,463 億81 %
10 年879 億1,773 億2,652 億67 %
15 年1,246 億1,574 億2,820 億56 %
5年予測なら、価値の 81% は6年目以降です。 予測期間のモデルをどれだけ精緻に作り込んでも、 影響が及ぶのは全体の2割にすぎません。 残り8割は、「その後はこうなるだろう」という一つの前提が決めています。

予測期間を延ばせば割合は下がりますが、 10年先のキャッシュフローを個別に見積もる意味があるかは別の問題です。 精度が上がらないまま、作業量だけが増えることもあります。

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継続価値で、大きく割れる

価値の8割を占める継続価値ですが、求め方が複数あります

① 永久成長モデル

最終年のFCFが、一定の率で永久に成長すると仮定します。 前節の式がこれです。g をどう置くかで値が動きます。

永久成長率 g企業価値基準比
0.0 %2,083 億−15.4 %
0.5 %2,254 億−8.5 %
1.0 %2,463 億基準
1.5 %2,725 億+10.6 %
2.0 %3,062 億+24.3 %
2.5 %3,511 億+42.5 %

0% から 2.5% で、1.7倍。 g の上限は「長期の経済成長率を超えない」とされますが、 その範囲内でも大きく動きます

② 倍率法

最終年の EBITDA などに、類似企業の倍率を掛ける方法もあります。 同じ将来キャッシュフローから計算しても、値は揃いません。

方法継続価値
永久成長モデル(g = 1.0%)2,609 億
EBITDA 6 倍1,159 億
EBITDA 8 倍1,546 億
EBITDA 10 倍1,932 億
EBITDA 12 倍2,319 億
倍率法にも、別の決めごとがあります。 どの企業を「類似」とするか、何倍を採るか。 ここでは「方法を変えると2倍ずれる」という事実だけを示します。 類似企業の選定は、それ自体で一つの主題になります。
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積み上がると、4.3倍になる

ここまで見た要素を、2人の評価者に割り振ります。 どちらの前提も、単独では「ありえない」とは言えません

前提強気の評価者慎重な評価者
初年度 FCF118 億92 億
予測期間の成長率6 %1 %
永久成長率 g2.0 %0.5 %
β / 市場リスクP1.037 / 4.5%1.272 / 6.5%
→ WACC4.22 %6.74 %
企業価値6,522 億1,515 億
継続価値の割合90 %74 %

4.3倍。同じ会社、同じ決算書、同じ DCF です。

それぞれの前提は、極端ではありません。 成長率6%は高いですが、成長企業ならありえます。 β 1.037 は月次で推定した値、 1.272 は日次1年で推定した値——どちらも実際に出た数字です。 常識的な選択が4つ重なると、4倍以上になります
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どの前提が、差を生んだのか

5,007億円の差を、4つの前提に割り振りたくなります。 ところがこれが素直にいきません

順番で、答えが変わる

慎重な前提から強気の前提へ、一つずつ入れ替えていきます。

順序① FCF → 成長率 → g → 割引率
FCFの定義      +   428 億
予測成長率      +   470 億
永久成長率      +   617割引率(WACC)   + 3,491 億   ← 大半を占める
順序② 割引率 → g → 成長率 → FCF
割引率(WACC)   + 1,029 億   ← 3分の1以下になった
永久成長率      + 1,489 億
予測成長率      + 1,052 億
FCFの定義      + 1,437

同じ2つの評価を比べているのに、割引率の寄与が 3,491億にも 1,029億にもなります。 後から入れ替えた要素ほど、大きく見える。

なぜ順序に依存するのか

要素どうしが掛け算で効いているからです。 割引率を下げると、成長率の効果も増幅されます。 その増幅分をどちらの手柄にするかが、順序で決まってしまいます。

すべての順序を平均する

4つの要素なら、入れ替えの順序は 24通り。 全部試して平均すれば、順序の影響が消えます。 協力ゲーム理論ではシャープレイ値と呼ばれる考え方です。

前提寄与割合
割引率(WACC)+2,123 億42 %
永久成長率 g+1,275 億25 %
FCF の定義+841 億17 %
予測期間の成長率+768 億15 %
合計+5,007 億100 %

合計が実際の差と一致します。割引率が42%、永久成長率が25%—— この2つで3分の2を占めました。

検証すべき順序が決まります。 評価が割れたとき、まず割引率と永久成長率を突き合わせる。 FCF の定義や予測期間の成長率は、そのあとでよい。 限られた時間を、効く前提に使えます
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2人の前提を、動かしてみる

4つの前提をそれぞれ設定できます。 企業価値の差と、その差をどの前提が生んだかが 同時に表示されます。

Interactive · assumption decomposition
2人の評価者
寄与度はシャープレイ値(24通りの順序の平均)で計算します。財務値は架空の設定です。
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逆算という使い方

評価が割れるなら、DCF で「正しい価値」を出すのは難しい。 使い方を変えます

理論価値を出して株価と比べるのではなく、 現在の株価が成立するには、どんな前提が必要かを逆算します。

時価総額7,000億 + 純有利子負債3,000億 = 企業価値 1兆円
// 強気の評価者の割引率 4.22%・FCF 118億 のまま
予測成長率 2% なら、永久成長率 3.2% が必要
予測成長率 4% なら、永久成長率 3.0% が必要
予測成長率 6% なら、永久成長率 3.0% が必要
予測成長率 8% なら、永久成長率 2.8% が必要

永久成長率 2.8〜3.2%。割引率 4.22% との差が 1ポイント少々しかありません。 継続価値の分母(WACC − g)がここまで縮むと、 わずかな前提の違いで値が大きく振れます

しかもこれは強気の前提を使った場合です。 慎重な評価者の割引率 6.74% で同じ計算をすると、 必要な永久成長率はさらに高くなります。

この読み方ができます。 「現在の株価は、永久に3%前後で成長し続けることを織り込んでいる。 それは長期の経済成長率に近いか、上回る水準だ」—— 前提が現実的かどうかを議論する形に持ち込めます。 「割高だ」「割安だ」より、話が具体的になります。

もちろん、WACC の置き方次第でこの結論も変わります。 それでも「何を信じればこの株価になるか」を明示できる点に価値があります。

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評価を比べるために

やること理由
前提を並べて比べる結論(企業価値)ではなく、前提の差を議論する
効く順に検証割引率と永久成長率で3分の2。ここから確かめる
逆算する現在の株価が織り込む前提を読み取る
レンジで出す単一の値ではなく、前提の幅に応じた範囲で示す
継続価値の割合を確認8割を占めるなら、そこが議論の中心になる
評価が割れること自体は、問題ではありません。 将来は分からないのだから、見方が分かれるのは当然です。 問題は、単一の数字だけが独り歩きすること。 「2,463億円」より「前提次第で1,500〜6,500億円」のほうが、正確な情報です。
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まとめ

この記事のまとめ

  • FCF の定義は一つに決まらない。同じ決算書から 28% の差
  • 5年予測でも、価値の 81% は6年目以降。予測期間の作り込みは効率が悪い。
  • 継続価値の求め方(永久成長 / 倍率法)で2倍以上ずれる
  • 永久成長率 0%→2.5% で 1.7倍。上限内でも大きく動く。
  • 常識的な前提を4つ重ねると、企業価値が4.3倍になった。
  • 寄与度は順序で変わる。割引率の寄与が 3,491億にも 1,029億にもなる。
  • 全24通りを平均すると、割引率42%・永久成長率25%。この2つで3分の2。
  • 逆算すると、株価1兆円は永久成長率2.8%以上を織り込んでいた(強気の前提でも)。

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