なぜ DCF は、利益を使わないのか
割引率の記事と 評価の差の記事で企業価値を計算しました。 そこで使ったのはフリーキャッシュフロー(FCF)であって、利益ではありません。
当たり前のように FCF を使いましたが、なぜ利益ではいけないのかを 説明していませんでした。今回はその手前の話をします。
利益は「作られる」もの、現金は「動く」ものです。 利益には会計上の判断が入りますが、 現金がいくら入って、いくら出たかには判断の余地がありません。
同じ現金の動きから、違う利益が出る
単純な例で確かめます。ある年の現金の動きが、こうだったとします。
売上入金 +1,000 仕入支払 −400 人件費 −250 設備購入 −300 純増減 +50
現金は50増えました。ここに疑いの余地はありません。 では、この年の営業利益はいくらでしょうか。
設備の300を、どう費用にするか
設備は買った年に全額を費用にしません。使う年数に配分します(減価償却)。 その年数と方法で、費用の大きさが変わります。
| 償却の方針 | 初年度の償却費 | 営業利益 |
|---|---|---|
| 耐用年数 10年・定額法 | 30 | 320 |
| 耐用年数 5年・定額法 | 60 | 290 |
| 耐用年数 5年・定率法(初年度) | 120 | 230 |
いつの売上として数えるか
収益の計上時期でも同じことが起きます。 3年間の保守サービス(総額900)を受注し、代金を初年度に一括で受け取ったとしましょう。
| 方針 | 1年目 | 2年目 | 3年目 |
|---|---|---|---|
| 受け取った年に全額を売上に | 900 | 0 | 0 |
| サービス期間で按分する | 300 | 300 | 300 |
| 営業キャッシュフロー | 900 | 0 | 0 |
現金は初年度に900入ります。これは動きません。 利益の見え方だけが、方針によって変わります。
現在はサービスの提供に応じて計上するのが原則です。 それでも「どこまで提供したか」の判断は残ります。 利益には、必ず判断が入ります。
黒字なのに、現金が減る
ここからが本題です。会計方針の話ではなく、 正直に処理していても起きる乖離があります。
年40%で成長している会社を考えます。営業利益率は10%、きちんと黒字です。
| 年 | 売上 | 営業利益 | 運転資本の増加 | 営業CF |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 1,400 | 140 | −118 | 22 |
| 2 | 1,960 | 196 | −166 | 30 |
| 3 | 2,744 | 274 | −232 | 42 |
| 4 | 3,842 | 384 | −325 | 59 |
| 5 | 5,378 | 538 | −455 | 83 |
| 累計 | — | 1,532 | −1,295 | 237 |
5年で 1,532 の利益を出しました。 ところが手元に残った現金は 237。 利益の 15% しか現金になっていません。
運転資本が現金を吸う
売掛金 + 在庫 − 買掛金。
売上が立ってから現金が入るまでの立て替えにあたる部分です。
売上が増えれば、この立て替えも増えます。
売掛金の回収に90日、在庫を73日ぶん持つとすれば、 売上が増えるほど、先に出ていく現金が増えます。 成長が速いほど、その差は開く。
赤字でも、現金は回る
逆のパターンもあります。
売上が横ばいで、営業損益は −2%の赤字。 ただし過去に大きな設備投資をしており、その償却が続いています。
| 項目 | 各年 | 5年累計 |
|---|---|---|
| 営業利益 | −20 | −100 |
| 減価償却費 | +120 | +600 |
| 営業キャッシュフロー | +100 | +500 |
赤字なのに、現金は毎年100ずつ増えています。
この会社が危ないかどうかは、これだけでは分かりません。 設備が老朽化すれば再投資が必要になり、そのときは現金が出ていきます。 ただ「赤字=現金が尽きる」ではないことは確かです。
乖離を、数字で見る
利益と営業CFの差を、そのまま指標にできます。
| タイプ | 利益 | 営業CF | CF÷利益 | 乖離額 |
|---|---|---|---|---|
| 急成長企業(40%成長) | 1,532 | 237 | 0.15 | +1,295 |
| 成長企業(20%成長) | 893 | 453 | 0.51 | +440 |
| 横ばい(0%成長) | 500 | 500 | 1.00 | 0 |
| 縮小(−10%) | 369 | 490 | 1.33 | −121 |
| 成熟・赤字 | −100 | 500 | — | −600 |
成長率が上がるほど、CF÷利益 が下がります。 0%成長ならちょうど 1.00。縮小局面では逆に 1 を超えます (売掛金や在庫が減り、現金が戻ってくるため)。
動かして、確かめる
成長率や回収期間を変えると、利益と営業CFがどう離れるかを見られます。 架空の会社です。
成長率を上げてみてください。利益の線は伸びるのに、 営業CFの線はついてきません。 逆にマイナス成長にすると、営業CFが利益を上回ります。
どちらを見るべきか
利益とキャッシュフローは、測っているものが違います。 どちらが正しいという話ではありません。
| 知りたいこと | 見るもの |
|---|---|
| 事業が現金を生んでいるか | 営業キャッシュフロー |
| 期間をまたいで業績を比べたい | 営業利益(費用が期間配分されている) |
| 投資を含めた実力 | FCF(営業CF − 設備投資) |
| 会計方針の影響を除きたい | 営業キャッシュフロー |
| 支払い能力が保つか | 営業CF と手元現金 |
ただし 前回見たとおり、 その FCF にも複数の定義があります。 現金を扱えば恣意性が消えるわけではなく、 恣意性の入る場所が変わるだけです。
まとめ
決算書を読むとき、損益計算書だけでは足りません。 キャッシュフロー計算書を並べて、その差がどこから来るかを見る。 それだけで、見えるものがかなり変わります。
この記事のまとめ
- 現金の動きが同じでも、償却の方針で利益は 230〜320 に変わる。
- 収益の計上時期も同じ。現金は動かず、利益の見え方だけが変わる。
- 年40%成長の会社は、5年で利益1,532に対し営業CF 237。
- 原因は運転資本。売上が増えるほど、立て替えが増える。
- これが黒字倒産の構造。損益計算書だけでは見えない。
- 逆に、償却が大きい成熟企業は赤字でも営業CFがプラスになる。
- CF÷利益は0%成長で1.00。成長率が上がるほど下がる。
- 乖離は異常ではなく構造。成長していないのに続く場合だけ疑う。




